9.Way to go!


(1)

加藤と山本は校長の土方に呼び出された。

「ったくよ〜。なんなんだよ〜。俺達何かしたかよ〜。こんな真面目で、おりこうな生徒さんはいないってんだよな〜!」

加藤は鼻の穴を膨らませながら、ぶつくさと文句を言った。

「俺も今回に限っちゃ身に覚えがないぜ?なんなのかなあ。」

山本も憮然とした表情で首を傾げながら言った。

校長室のドアをノックする加藤。

コンコン――。

「入れ。」

中から校長である土方の声がした。

「ハイッ!加藤、山本、入りますッ!!」

ドアを開けて入室すると、思いのほか、にこやかな土方が座っていた。
二人は、いささか拍子抜けした。

「中央病院から連絡が入ってな。お前達、以前、女の子を救出したろう。」
「はあ。」

頭を掻く加藤。

「ずいぶん、まめに見舞いに行ってるそうじゃないか。」
「はあ、まあ。いろいろ気になったものですから……。」

加藤をちらりと見やって、鼻の下をこする山本。

「普段、面倒ばかり起こすしょうもないお前らだが、なかなかいいとこあるじゃないか。おかげで彼女も元気になったそうでな。昨日、退院したそうだ。」
「ええっ!!昨日ですかっ?」

二人は揃って叫んだ。

「彼女は、今、担当医の川原先生の家にいるそうだ。」
「そうなんですか。行く所がないようなので心配してはいたんです。」

山本が、ほっとしたように言った。

「うむ。連邦大の近くに先生の知り合いがいるらしくてな。今後、そこに厄介になるらしい。出発は1週間後だそうだ。」
「ええっ!そんなことまで決まってたんですか?」

またもや声を揃えてて叫ぶ二人。

「急に話が決まったんだそうだよ。」
「1週間後じゃあ、俺達……。」

加藤と山本は顔を見合わせた。

「君らが楽しみにしている筆記試験の日だ!」
「校長が試験官……っスよね?」

加藤が力なく言う。

「そうだ。」
「はあ。」

加藤は残念そうな溜息をついた。

「どうした?」
「俺達、見送りたいんですが。」

加藤は山本の言葉にギョッとした。

「見送る?」
「はい。アイツの門出を祝ってやりたいんです。」

土方の瞳を真っ直ぐに見つめて山本が言う。真剣な眼差しだった。

「そうか。」

土方は、目を閉じ、しばらく無言で考え込んでいた。やがて、何か思いついたように顔を上げると、加藤から山本へ視線を流して言った。

「追試のために用意しておいた日があるんだが。お前ら、その日にイッパツで合格する自信はあるか?」
「はいっ!」

山本は嬉しそうにキッパリと言った。

「いっ……。」

加藤は言葉に詰まった。

「どうした、加藤?自信がないのか?」

土方はニヤニヤしながら加藤の目をじっと見つめる。
加藤は動揺して目が泳いだ。

「う。いや、はい……。いえ…その……。い〜〜〜っ!!ありますっ!!加藤三郎、イッパツで合格してみせますっ!!」

加藤は直立不動の姿勢で、真っ赤になって誓った。言ってしまった後で加藤は唇を噛み締め、半べそをかいて天井を仰いだ。

「はっはっはっはっは!!」

土方は豪快に笑うと、やおら立ち上がり加藤の背中をバンバン叩いてニヤリ、として言った。

「そうか!大した自信だな。ならば許可を出してやろう。行って、しっかり励ましてやれよ!」

「はいッ!!ありがとーございますッ!!」

二人は直立不動の姿勢のまま敬礼し、はしゃぐようにドアを出ていった。


(2)

涼は一人、駅のホームで電車を待っていた。荷物はショルダーバッグと小さなスーツケースひとつ。
ゴミだらけのホームは閑散としていて、何だかうら寂しい気がした。

(ここも、あとどれくらいもつのかな……。)

壁が、あちこちひび割れており、何だか埃臭かった。

涼は、ふと自分の名を呼ばれた気がして顔を上げた。
辺りを見回す。
と、誰かが改札口の方から手を振りながら走ってくる。涼はいぶかしげに、目を細めた。

「お〜い!!涼〜〜っ!!お〜い!!」

聞き知った声。あれは……。

「さぶちゃん!やまもっちゃん!」

涼の顔が、ぱあっと明るくなった。
二人は、はあはあと息を切らせながら走ってきた。

「おまえ、行っちまうんだと?」

加藤が顔をしかめて言う。

「なんで言ってくんないんだよ。水臭いぜ?」

山本が口を尖らせた。

「だって、急だったし。試験だって聞いてたから。」

涼は、バツが悪そうに頭を掻いた。

「ば〜か。んなもん、どうにでもなるんだよ!俺らを見くびんなよ!!」

加藤が胸を張った。

(ビビリまくってたクセに!!)山本は苦笑した。涼は山本の表情を見て、彼らがここに来れた理由について、おおよそ見当がついた。

「来てくれてありがとう。また会えるなんて思ってもみなかったよ。」
「校長が許可をくれたんだ。普段は鬼のようにおっかねえんだけどよ!なかなかいいとこあるよな!俺、見直しちゃったよ!」

加藤が満足そうに言った。

「後が恐い気もするけどな。アイツ、いちいち、恩に着せそうな予感が……。タダじゃすまない気がするんだよな〜、俺。」

山本の方は、逆に溜息混じりだった。

「でも試験、都合つけて来させてくれたんでしょ?いいヤツじゃん、その校長。」

涼は笑いながら言った。
二人は顔を見合わせてにっこり微笑んだ。

「頑張れよ。俺らも頑張るからさ。」
「そーそー。俺、必ずトップになってやるぜ!」

加藤は大きく出た。

「バカヤロ!そいつァ、俺の方だぜ?第一、お前、筆記試験パスできんのかよ?」

山本も負けずに加藤を挑発する。

「うっせー!んなもん関係ねんだよ!操縦桿握ったら間違いなく俺がトップなの!こいつぁ、お前にも譲れねえ!」

簡単に乗る加藤。

「言いやがったな。その言葉、忘れんなよ?」
「ちょっとぉ。お宅ら。私のこと、忘れてるでしょ?」

涼が楽しそうに言った。

「わははは!そーだった、そーだった。俺達、お前を見送りに来たんだった。わははは!」
「なんなんだよ、あんたらは……。」

涼が呟くと、山本は口を尖らせて、「おいおい、あんたらって…加藤のヤツと一括りにすんなよなあ。」と抗議した。
涼は笑って答えた。

「私から見りゃ大差ないよ。」
「え?」と、山本。
「そうだろう!」と、加藤。

その時、ホームにアナウンスが流れた。電車が来るようだ。

「もう、時間だ。」涼はショルダーバッグから慌ててペンとメモを取り出すと、スーツケースの上で何やら書きなぐっていた。
「さぶちゃん、やまもっちゃん、これ。」

メモには連絡先が書かれていた。

「あの…。いろいろありがとう。私さ、実を言うと、結構、めげちゃっててさ。二人に会って…なんか元気出ちゃった。また頑張ってみようって、そういう気になれた。ホントにありがとう。生きててよかったって思うよ。じゃなかったら、あんたら二人には会えなかったもん……。」

涼はそう言うと、ちょっと涙ぐんだ。
二人は黙って見つめている。

涼はおもむろに加藤に抱きついた。それから思いっきり背伸びをして頬にキスをする。
加藤は目を白黒させて硬直していた。
涼はクスッと笑うと、今度は山本に抱きついた。
山本は優しく受け止め、「俺には?」と聞く。
涼はにこり、とすると頬に軽くキスをした。山本は涼をぎゅっと抱き締めた。

ゴオオォォォ――――っと音を立てて電車が入ってくる。

「じゃあ、行くね。」涼は少し淋しそうに微笑んだ。

モーターの音が大きく反響して涼の声は消え入りそうだった。
ドアが開く。

「また会おうぜ!元気でな!!」

山本がにこやかに叫んだ。
その声に我に返った加藤が慌てて叫んだ。

「が、頑張れよーっ!俺、筆記試験パスすっからあっ!!ヘコんだら、すぐに連絡しろーっ!!すぐに行ってやるからなあーっ!!」
「ありがとう、二人とも私――。」

そこでドアが閉まった。
涼は、まだ何か言いたそうに二人を見つめたが、吹っ切るように手をあげて元気良く振って見せた。
加藤と山本の二人も両手を振り、飛び上がって応える。
ベルが鳴り、電車は、ゆっくりと走り出す。

「頑張れよ――っ!負けんなよ――っ!!」

二人は電車を追って手を振りながら駆け出した。
電車は、みるみる加速してゆき、ゴオオォォォ――――っと音を立てて、あっと言う間に走り去った。
二人はホームの端に立ち、電車が見えなくなるまで手を振って見送った。


「行っちまったな。」

山本はガラじゃないな――と思いながら、淋しさを隠せなかった。妹が1人できたような、そんな気になっていたのかも知れない、そんなふうにも思った。

「俺達も……行こうぜ、山本!」

加藤が肩を叩く。

「ああ。」
「なんか青春って感じだなァ。」

加藤の方も、いつになく感傷的だったので山本は、吹き出した。

「つってんじゃねえよ、加藤!!試験が待ってるぜ〜。」
「んだよ!!せっかく浸ってるのによ〜。それを言うなってのなァ。ヘコむなァ……。」

二人は、改札に向かってホームを全速力で駆け出した。


9.Way to go!    終了